DSC_2357


辻村深月さんの本屋大賞受賞後、第一作がついに発売されました!

『噛みあわない会話と、ある過去について』は短編四作が収録されている。

本書の帯裏に「救われるか後悔するかは、あなた次第。」と書かれているが、本書を読み終わった人ならばこの言葉が本書を表現するのに最適な言葉であると分かるでしょう。






『噛みあわない会話と、ある過去について』のあらすじ



ナベちゃんのヨメ


大学時代、コーラス部でよく女子とつるんでいた男を感じさせない男友達ナベちゃん。大学を卒業して七年、ナベちゃんが結婚するという。

部活仲間が集まった席で紹介された婚約者は、ふるまいも発言も、どこかズレていた。

戸惑う私たちに追い打ちをかけたのは、ナベちゃんと婚約者の信じがたい頼み事であった…


パッとしない子


小学校教師の美穂には、有名人になった教え子がいる。教え子の名は高輪佑。国民的アイドルグループ「銘ze」の一員だ。

しかし、美穂が覚えている小学生の彼は、運動会の入場門さ制作で独自の芸術性を見せたこと以外はおとなしくて地味な生徒だった。

TV番組の収録で佑が美穂の働いている小学校を訪れる。久しぶりの再会が彼女にもたらすものは…。


ママ・はは


小学校教員の私は、同僚のスミちゃんの引っ越しを手伝っていた。

保護者会での真面目すぎてずれている児童の母の話をきっかけにスミちゃんの真面目すぎた母親との昔話が語られた。

私は、スミちゃんの話を聞いているうちにある違和感を感じる。その違和感の正体とは…。


早穂とゆかり


地元の雑誌『SONG』のライターをしている早穂は、教育者として有名になった同級生のゆかりの取材を行うことになった。

早穂は、ゆかりは小学生のころは地味で目立たないタイプのイメージがあったため、ゆかりの成功が実感できなかった。

久しぶりに会うゆかりから早穂にある言葉が告げられる…。




感想(ネタバレあり)


噛み合わない会話とある過去についてを読んだときに、辻村深月さんは本物の天才だと感じた。

ここまで読者に強いメッセージを与える小説家は中々いないのではないのだろうか。

本書は、人によって思い出のとらえ方が違うというテーマで書かれている。

思い出のとらえ方が違えば会話が噛みあわない。まさに本書のタイトルがテーマとなっている。

以下、各物語の感想を書いていきます。


ナベちゃんのヨメ


『ナベちゃんのヨメ』では、女性陣はナベちゃんの嫁の自分の友人のふりをして結婚式に出て余興をほしいという発言を不快に感じてしまう。しかし、ナベちゃんは友人に対しての嫁の発言を訂正せず逆に余興をしてくれないなら結婚式に出なくていいと言ってしまう。

そんなナベちゃんを見て友人たちは、ナベちゃんは嫁といても幸せではないと思ってしまうが、ナベちゃんは自分を愛してくれる人間の存在に満足していた。

過去の男友達としてしか見てもらえなかった経験がナベちゃんと友人の間での解釈が異なっていたことを佐和たちは気づいた。

『ナベちゃんのヨメ』は、まさに本書のタイトル通りの物語であった。これを読んだとき自分にも人にこういった思いをさせていた経験があるのではないかと思ってしまった。






パッとしない子


『パッとしない子』は、教師の美穂が教え子でアイドルになった佑から感謝の言葉をもらえると思っていたが、逆で自分や弟に対して「パッとしない子」と知り合いに伝えていたことを恨んでいたという話をされることになった。

この物語を読んでいて私は、美穂みたいな人間と関わりたくないと思ってしまった。美穂は、人によって態度をすぐにかえるような存在で、まるで大人になったのに悪い意味で子どものままの人間だ。

また美穂が作っていたクラスに対して、佑の弟は「先生の王国みたいになっている」という発言を残しているが、教職にかかわっている人間で自分のクラスがそのようになっている人は少なくないのではないのだろうか。教員は人によっては、若いうちから子どもや保護者に先生といわれ続けるため自分がすごく偉い存在に感じる人がいるみたいだがそういった教員が本書を読んでいるのならそういった態度を改めなおしてほしい。

物語の最後に佑は「入場門を作ったのは自分ではなく一つ上の学年だ」という発言を残しているが果たしてこれは真実なのか。私は、美穂のような無責任な教員が児童一人一人のことをきちんと覚えているとは思えないので佑の発言は真実であると思った。


ママ・はは


『ママ・はは』は、本作の物語の中ではテーマにそっているものの毛色が少し異なる物語となっていて不思議な話となっている。

スミちゃんがははのことを恨み続けていたらいつの間にか現実世界がねじ変わってははがママに変わっていたという話であった。

物語の序盤でスミちゃんは児童の真面目すぎる母にたいして「そういうお母さんはきっといなくなるよ」という発言をしているが、最後まで読み終わったときやっとこの発言の恐ろしさに気が付くことができた。現実世界でも自分が知らないだけでもしかしたらこういうことが起きているのかもしれない…。

ははを恨んでいたスミちゃんだけが以前のははの記憶を保っているので私との会話に矛盾が生じているのもこの物語の面白い点だ。

教育熱心すぎる母親に限った話ではないが親は子どもに必ずしも恨まれないいわけではないので、恨まれることがないように子どものことを考えて大切に育てなければならない。


早穂とゆかり


『早穂とゆかり』は小学生のころいじめをしていた早穂といじめられたゆかりが数十年ぶりに会うという物語であった。

この物語は「いじめ」は単純に加害者と被害者だけの構図ではないということを表している。加害者が悪いのは間違いないが、加害者に必ずしも悪意があるわけではない。また被害者にもいじめを受ける原因が少なからずある。

ゆかりは早穂に自分のことを悪意があっていじめていたのかを確認する。もし早穂がゆかりに対して、汚物に触れるようなやり方ではなく人間らしく接することができていたら最後にゆかりからいじめ返されるという落ちではなかったのかもしれない。

早穂の視点で物語が進んでいたがゆかりの視点での物語の進行も読んでみたかった。



最後に


本作は全ての短編が非常に面白く優劣がつけがたいが、あえてつけるならば私は『パッとしない子』が最も好きな話だった。

ここまで本記事を読んでくれた方はほとんどの人がすでに本作を読了済みであると思うが、もしまだ読んでいないのならばすぐにでも読んでもらいたい。

メッセージ性の強い短編が四編ものっていて本当に素晴らしい一冊であった。