三秋縋さんの『君の話』を読んだので感想を書いていきます。
三秋縋さんの作品は『三日間の幸福』しか読んだことがありませんが、『君の話』は初版がすぐに完売しその後重版をつづけているという人気作であるため読む前から期待が高まっていました。
表紙のイラストも美しく、イラストを描いた紺野真弓さんのファンになりそうです。
『君の話』のあらすじ
二十歳の夏、僕は一度も出会ったことのない女の子、夏凪灯花と再会した。
彼女との思い出は全て架空。架空の青春時代、架空の夏、架空の幼馴染。
夏凪灯花は記憶改変技術によって僕の脳に植えつけられた<義億>の中だけの存在であり、実在しない人物のはずだった。
「君は、色んなことを忘れてるんだよ」と彼女は寂しげに笑う。
「でもね、それは多分、忘れる必要があったからなの」
これは恋の話だ。その恋は、出会う前から続いていて、始まる前に終わっていた。
感想(ネタバレあり)
読み終わった直後の感想は、夏が終わってほしくないと思いました。夏がいつまでも続けば感動的な本作をいつまでも楽しむことができるのに…。
物語の終盤では主人公に感情移入してしまい涙がとまりませんでした。小説を読んでここまで泣いたのは久しぶりだと思うぐらい泣いてしまいました。喫茶店で読んでいたため周りの人には変な人に見えただろうな。
『君の話』は、三秋縋さんの作品を読んだことがない人でも恋愛小説や恋愛ドラマが好きな人ならば楽しめる作品となっています。また三秋縋さんの文章の特徴として物語上で難しい言葉が出てきても解説などがはいるため読みやすい作品となっています。
以下ネタバレを含みますので本作をまだ読んでいない人は物語を楽しんでから読んでください。
もし現実で記憶改変技術が実現しており自分の記憶の中に<義億>を植え付けることができるとするのならばあなたは義億を植え付けたいと思いますか?
私は、植え付けてみたいです。植え付けてみたいといっても、本作の主人公である天谷千尋の両親のように義億が生活の中心となってしまうほど義億に溺れたくはありません。
ただ自分に自信をつけるための成功体験や自分が昔やり残したことに近い義億を新たに手に入れることができるのならばほしいです。
<義億>というテーマについて
本作のテーマである<義億>はとても面白い題材思います。義億は、同じものであったとしても人によって良いものになったり悪いものになったりするものでしょう。天谷と灯火が同じ義億を持っているのにそれぞれその義億に対する考えが違うのが良い例です。
天谷千尋は、これまでの虚無であった人生の記憶を消すレーテを処方したつもりが実はグリーングリーンを処方させられており、自分が望んでいない義億を手に入れてしまいます。
最初のうちは天谷にとってグリーングリーンの義億は悪いものでしたが、ある夏の日に架空の存在しないはずの少女にであったことをきっかけに義億に対する考え方が少しずつ変化していきます。
一方、天谷に処方したグリーングリーン(正確にはボーイミーツガール)を作成した夏凪灯花(本名じゃないけど)にとってこの義億は小さいときから自分が憧れていた幼馴染との生活を義億化したものであり灯火にとっては理想的なものでした。
片方が良い思いを持っているのにもう片方が悪い思いを持っているということは、現実の記憶にもありそうですね。『君の話』が現実には存在しない<義億>というものを取扱っているのに現実の話であるように感じるのは、義億と記憶は変わらないものであるということを綺麗に表現できているからだと私は思います。
天谷と灯花の嘘
天谷と灯花は、二人が普通に生きていれば出会うことのない関係でした。灯花の嘘から作られた義億をきっかけに二人の関係は進んでいきます。
基本的に嘘をつくことはあまり良いことではないと思いますが、灯花と天谷がお互いについていた嘘は悪い嘘ではなく優しい嘘であるためこういった嘘であるのならばありなのかもしれません。
誰もがこんな嘘であるならば自分も騙されてみたいと思うのではないのでしょうか。
最後に
『君の話』は読了後、本当に読んで良かったなという作品になりました。ここまで本記事を
読んでくださった人の中でまだ本作を読んでいない人はぜひ読んでください。
今考えたら<義億>って小説などの物語に似ている気がしますね。私たちは記憶改変技術がないかわりに物語を読むことで自分にはない経験をして新しい義億を作り出しているのかもしれませんね。
三秋縋さんの作品はとても面白かったのでこれを機会に次は
『恋する寄生虫』も読みました。感想を書いているのでよかったら読んでください。