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2003年に実写映画化され2020年にアニメ映画化された田辺聖子さんの「ジョゼと虎と魚たち」を読みました。

2度も映画化されれている作品なので、原作を手に取るまでは長編小説だと思っていたのですが、読んでみると30ページほどの短編小説であることに驚かされました。

ただ、読了後何十年も愛される作品であることに納得のいく作品でした。

以下感想になります。



『ジョゼと虎と魚たち』のあらすじ


足が悪いジョゼは車椅子がないと動けない。
ジョゼが祖母と出かけていたある日、祖母が少し目を離した隙に悪意のある何者かの手により、車椅子に乗っていたジョゼごと坂の上から押し出された。
そんな時に死ぬかと思ったジョゼを救ったのが恒夫であった。

市松人形のようなジョゼと、大学を出たばかりの恒夫の二人のどこかあやうくて、不思議な男女の関係を描いた大人の恋愛小説。



ジョゼが虎へ会いたがっていた意味


物語の中でジョゼが「虎を見たい」と言って恒夫と動物園に行くシーンがあります。

動物園で虎を見たジョゼは以下のようなことを言いました。

「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてもすがれるから。‥・・・・そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。もし出来へんかったら一生、ほんものの虎は見られへん、それでもしょうがない、思うてたんや」

これはジョゼにとって一人で生きていくことは実質死んでようなものだが、誰かと一緒に生きていることで生を実感できるということを暗に表しているような気がします。

虎を怖いという思いも生に感心がない人の場合感じないでしょうが、このときのジョゼは恒夫とともに生きたいと思っているため虎の迫力から死に感する恐怖を感じていると考えることができます。

だから、好きな男の人が出来たときにだけ、ジョゼは生を実感するために自分が一ばん怖いと思っている虎を見に行きたかったのでしょう。





ジョゼにとっての幸福


物語の最後の場面でジョゼは、恒夫と魚のようにホテルで寝ている場面で以下のようなことを思います。

アタイたちは死んでいる。「死んだモン」になってる

ジョゼにとって虎が生の対象になっているのとは反対に、死の対象は魚です。

魚のゆったりとして動かないような姿がジョゼにとっては死を連想させるものであり、これ以上生活が変化してほしくないという強い思いを感じることが出来る。

死と聞けば一般的に不幸な言葉のように感じるかもしれないが、ジョゼにとって恒夫と一緒にいる時間が幸福であるため、死んでいることが幸福であるという表現を使っているのだろう。

このこともあり、未来のことに対して不安を感じているジョゼの以下の思いは、二人の関係が危ういものであることをより際だたせている。

恒夫はいつジョゼから去るか分からないが、傍にいる限りは幸福でそれでいいとジョゼは思う。

この二人のあやうい関係が今後どうなるのかを読者の想像にまかせているのが読者にとってうけがよく、「ジョゼと虎と魚たち」は長年愛される作品になっているのでしょう。



最後に


『ジョゼと虎と魚たち』の映画しか見たことがない人はぜひ原作小説を読んでみてください。
冒頭で述べたとおり短編小説なのですぐに読むことができるし、映画と原作を比較することができてより『ジョゼと虎と魚たち』が好きになるにちがいません。

また本作に収録されている田辺聖子さんの他の短編もおもしろいので未読の方はぜひ読んでみてください。