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瀬尾まいこさんの『あと少し、もう少し』を読みました。

中学駅伝をテーマに描かれている作品で、思春期の複雑な精神状態や人間関係を描いている小説でした。

読了後は、もう一度自分もこんな青春を過ごしたいと思うようなさわやかな気分になりました。

以下、あらすじと感想になります。




『あと少し、もう少し』のあらすじ


駅伝で毎年県大会に出場していた中学校で部長の桝井が三年生になった春、陸上部の名物顧問が移動になった。

代わりにやって来た顧問は、これまで運動経験がない美術教師である上原だった。

上原が頼りないと感じていた、桝井は自ら中学最後の駅伝大会に向けて部活関係なしで駅伝に向いているメンバーを募り練習を始めるが…。

駅伝のメンバーは、元いじめられっ子で陸上部の設楽、不良-授業をまともに受けない大田、足は速くはないが頼みを断れないジロー、プライドの高い吹奏楽部の渡部、陸上部の後輩の俊介、そして部長の桝井だ。

寄せ集めの六人は県大会を目指して、襷をつなぐ。

それぞれが、あと少し、もう少し、みんなと走りたいという意思を持ちながら襷をつなぐ姿に涙が止まらなくなること間違いなしの青春駅伝小説。



感想(ネタバレあり)



駅伝というスポーツの見方


駅伝と言えば箱根駅伝やニューイヤー駅伝などがテレビで放送されたりしていますが、これまで私はこれの駅伝を流し見する程度で真剣に見たことがありませんでした。

そんな駅伝に興味のなかった人間からしてみたら、駅伝は複数人で襷をつなぐだけであとは個々人で走るため団体競技というよりは個人競技という印象が強かったです。

しかし、『あと少し、もう少し』を読んでみて駅伝に対する理解が大きく変わりました。

駅伝では、区間ごとに走っている人間は一人かもしれませんが、各区間の走者は、チーム全員の気持ちを持ちながら走り、そして自分の想いをのせて襷をつないでいるんだということを本作から学ぶことができました。

本作は、各章で一人の走者に視点をあてながら物語を描いていましたが、物語のはじまりは襷を受け取るシーンで始まり、終わりは襷を繋ぐシーンで終わります。

各人物の想いが襷に乗っていることが分かり毎章、冒頭と末尾では泣いてしまいました。


この作品を読んだことがきっかけで今まで真剣に見たことがなかった駅伝を真剣に見てみたいと思いました。


メンバーの魅力


本作に登場する駅伝のメンバーは全員魅力的でした。

第一走者である設楽は、これまでプレッシャーをかけられないと速く走ることができなかったです。

しかし、この駅伝をきっかけにプレッシャーをかけられて無理に走るのではなく、期待されていることで頑張ろうという気持ちが芽生え成長していきます。


第二走者である大田は、努力してもできないことを恥ずかしく思い、最初から頑張ることを放棄した結果、不良になってしまいました。

この不良になったきっかけは中学生の心情を上手に描いているなと思いました。実際に大田のような理由で勉強をあきらめた人は多い気がします。

それでも、駅伝を走ることで努力することは恥ずかしいことではないということに気が付き努力している姿にとても感動しました。


第三走者であるジローは、家族の影響もあり周りに頼まれたらどんなことでも断れない人物でした。

最初は桝井がメンバーを集めるために頼みを断ることができないジローをメンバーに選んだのかと思っていましたが、実際はジローのようなムードメーカーが団体競技では大切なので選ばれていたのでした。

壮行会でジローが大田を怒るシーンでは、ジローの責任感の強さを感じることができジローかっこいいなと感じました。


第四走者である渡部は、一見いけ好かないやつのようにも見えます。

しかし実際は、両親がいなく祖母に育てられたという理由だけで周りにできない人間だと思われたくないために、どんなことにでも全力を尽くす努力家の人間でした。

作中で上原も渡部のことを一番中学生らしいと言っていますが、それに対してすごく共感できました。

周りと違うなど些細な理由でいじめなどに発展する中学社会でみんなと変わらないように生活したいという渡部の想いは全てのメンバーの中で最も中学生らしかったです。

個人的には全てのメンバーの中で渡部が一番好きです。


第五走者である俊介は、唯一中学二年生で後輩という立場でした。

俊介は桝井に対して尊敬だけではなく、恋愛感情のような特別な思いを持っていました。直接的には描かれていませんが、現代を考慮した少し他とは違うという人物を上手に描いていたなと感じました。

他とは違うという風に見られたくない、渡部と俊介の絡みは、読んでいて色々と考えさせられるものがありました。


第六走者である桝井は、行動力がある部長に適任という人物でした。

しかし、桝井は終始走りに関しては昔のようにうまく走ることができないという不調を抱えていました。

終盤でその不調は病気が原因だと分かりましたが、周りに相談することができず一人で悩みを抱え続けてしまいます。

そんな悩みを抱える桝井を他のメンバーが支えようとしていたシーンは、私自身にもしっかりした人物も悩みを抱えているかもしれないため、支える必要があるということを実感させられました。


顧問の上原について


新しく陸上部に就任した上原は、駅伝の練習が始まったときにはかなり頼りない顧問だという印象が強かったです。

中学の部活といえば土日に練習がある部活も多いがそれに不満を言ったり、掛け声は「がんばれ」の一つだったり、正直陸上部の顧問が務まるとは思えませんでした。

しかし、熱血教師ではない上原は人間的としてすごく魅力的だなと私は思いました。

部活がすべてだという教師は個人的な意見になりますが、生徒個人個人を見る力があまり強くない印象があります。

しかし、上原は生徒一人一人に対して教師という立場ではなく人間として向き合っていました。

教師と生徒の関係ではなく、同じ人間同士という関係を作ることができる上原を見ていてこんな先生が自分の近くにいてほしかったなと感じました。

この上原の人間性は、最後の桝井を応援しながら涙を流しているという場面で顕著に表れています。

駅伝メンバーと同じ熱量で仲間になることができている理想の教師だど思います。



まとめ


中学駅伝を通して仲間が繋がっていく様子を感じることができ、感動することができる作品でした。

陸上経験がない方や、私のように駅伝を見たことがないという人でも楽しめる作品ですので未読の方はぜひ読んでみてください。

また、本作のスピンオフ作品として第二区で走っていた不良の大田君を描いている、『君が夏を走らせる』という作品もお勧めですのでぜひこちらもセットで読んでみてください。