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辻村深月さんの『青空と逃げる』が文庫化されていたので読みました。

マスコミや世間の悪意から様々な地へと逃げる母と息子を描いた作品で、最初から最後まで親子のつながりに心を打たれる物語でした。

以下、あらすじと感想になります。



『青空と逃げる』のあらすじ


僕の父は劇団員だ。

最近、有名な女優さんがでている大きな劇に出ることが決まったようで、遅くまで練習しているのか深夜まで帰ってこない。

ある日の深夜、いつものように父が帰ってくるのが待てず母と寝ていたら突然電話の音が鳴り響いた。

電話にでてみると、病院からの電話で父が交通事故にあったという電話だった。

母と一緒に病院に駆けつけ、父の命が無事だったことを聞き安堵した僕らは一度父の着替えなどを取りに家に戻ることにした。

家に戻って荷物の準備しようとすると見知らぬマスコミの人が家を訪ねてきた。

マスコミから僕と母は父が女優の遥山真樹が運転していた車で事故にあったことを知る。

それから僕と母は病院を訪れることはなかったが、父は事故から数週間たっても帰ってこない。

母が病院に電話をすると父は僕たちの知らぬ間に退院していたようだ…。

マスコミ、遥山の芸能事務所、世間の目などの悪意に押しつぶされそうになった僕たちは、母の提案で東京を逃げて夏休みの間高知で過ごすことにした。

高知での生活は楽しかったがそこにも遥山の芸能事務所の関係者が訪れ再び僕たちは逃げることとなった。

兵庫、大分、仙台と様々な場所に逃げていくうちに僕と母は父のいる場所を知ることとなる。

父の不倫疑惑が原因で壊れてしまった家族は元のかたちに戻ることができるのだろうか…。



感想(ネタバレあり)


感動的なラスト


最初にラストシーンの感想になってしまうのですが、感動的でとにかく涙が止まりませんでした。それと同時に辻村深月さんの物語を作る巧みさに震えました。

読者目線では物語の最初から最後までどうして拳は早苗に黙って病院をさったのか、力のタオルケットに隠れていた包丁と血はなんなのかなど疑問がありまくりでした。

しかし、息子の力はこの読者の疑問を最初から最後まで分かりながら母と逃走していたと分かったときは衝撃が走りました。

早苗も力が拳と出会ったのではと疑ってはいたものの高知にいたときから既に連絡を取っていたとは…。

私たち読者は力の視点ではなく、早苗の視点で物語を読まされていたのですね!!

ラストでは父が病院を去った理由や包丁の正体なども分かりすごくすっきりした気持ちで、早苗と力が拳と再会できたことに感動することができて良かったです。





母である早苗の変化


物語が始まった当初、早苗は夫の拳が浮気した可能性があったことやマスコミや芸能事務所の関係者が自宅を訪れることにストレスを感じて自分のことばかり考えている様子が描かれていました。

息子の力のことを考える余裕もなく、周りの人間に気をつかう余裕がなかった様子から私は、早苗に対して最初にあまり強くない人間だなという印象を抱きました。

もちろん、早苗のような状況におかれたら自分のことで精一杯になるのは分かるんですけどね…。

物語が進み大分で働き始め、安波たちに出会ったことがきっかけで早苗は変化していきました。

まず、今まで自分のことで精一杯だったのですが力のことを気にかけはじめます。

誕生部プレゼントをあげたり、お小遣いを渡したり些細なことに感じるかもしれませんが早苗に母親らしさを感じ始めました。

また、仕事では早苗の劇団員であったときの特技を活かして耳の聞こえないお客さんのために歌ってあげたり早苗の強さを感じます。

今までパートしかしたことのなかった早苗が自分の劇団員時代の特技が様々な場所で活かせることに気づくシーンは感動的です。

この物語で力の成長も分かりやすいのですが、私が最も成長したと思う人物は早苗でした。

母親としてではなく、早苗の人間としての成長は本書の一番の見どころであると思いました。


母から自立していく力


力は小学五年生だということもあり思春期の少年らしく描かれています。

母と一緒に寝るのが恥ずかしいなど反抗的な態度を見せる反面、母と父のことが大好きであることが伝わってきます。

力の成長を最初に見せた場面は、家島での優芽との出会いです。

自分よりも二つ年上の優芽と出会い異性として意識していく様子から力の子どもから大人への成長が感じられます。

母と優芽の前では一人称が変わっていたりして、男の子はこうして恋をして母から自立していくんだなということを感じました。

そして舞台は家島から大分、仙台へと変わっていきます。

大分にいたころの力はまだ母に依存して生きているという印象が強かったです。

しかし、仙台に訪れて母が病気で倒れてしまったことで力は成長しなければならない状況におちいります。

父である拳からの電話越しのアドバイスもありましたが、東京にいたころの力では母が病気で倒れたからと言って知らない人に助けを求める勇気はなかったでしょう。

見知らぬ人に母を助けてくれと頼んだ力からは、本当に母から自立して一人で生きていく力がついたことを感じました。

また、物語のラストでは東京の友人から逃げずに戻っていく場面も見せ、力は母との逃走劇を通して少年から男へと成長したことを感じました。





人を苦しめるマスコミ


『青空と逃げる』を読んで全ての人がそうではないとは分かっているものの、改めてマスコミが嫌いだと感じました。

早苗と力が逃走を始めた一つの原因は、拳と遥山が浮気をしていたかどうか関係なくマスコミが面白おかしく記事を書いたりしたことが原因です。

もし、マスコミが真摯に事実を調査していたら二人が浮気をしていなかったことも分かり、力が学校でいじめられる原因を作ることはなかったでしょう。

本作でも物語の途中で時間がたつにつれて拳と遥山のことが世間で噂されることが減ったという描写がありましたが、マスコミが世間が興味があるような面白おかしいことを短期的に適当に発表していることが分かります。

物語が終わった後の家族三人は東京での生活を再開します。

遥山の芸能事務所の関係者は拳からの説明で遥山と拳は関係がなかったことを理解するでしょうが、マスコミはこの事実が分かったとしても良くて雑誌の端にちょこっとだけこの事実を書くぐらいしか想像できません。

そのため世間からしてみたら、拳と遥山は浮気をしていた、力の父は浮気していたなどのレッテルは消えることがない気がします…。

そのため、事実を確認せずに違うことばかり書くマスコミを本書を読んで改めて嫌いだと感じました。

『青空と逃げる』は新聞連載で出来上がった作品ですが、読売新聞は他のマスコミと違いそのようなことをしてないという自信があったから本作を最後まで載せたのかが気になりますね。



まとめ


『青空と逃げる』は母と息子の成長を描いた感動的な作品でありながら、辻村深月さんの巧みな文章による面白さもある作品でした。

近いうちに本作が映画化やドラマ化されそうな気がしますね。