としおの読書生活

田舎に住む社会人の読書記録を綴ります。 主に小説や新書の内容紹介と感想を書きます。 読書の他にもワイン、紅茶、パソコン関係などの趣味を詰め込んだブログにしたいです。

カテゴリ:書評 > 小説

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ブレイディみかこさんのノンフィクション小説である『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が文庫化していたので読みました。

本書はイギリスに在住する日本人である著者が、元底辺校に通う息子との日常が書かれている作品です。

利口な息子の発言や日本とイギリスに住んだ経験がある著者から多様性とは何なのかということを深く考えさせられる作品となっていました。

また、イギリスの社会事情や教育事情を知ることもできました。



『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のあらすじ


小学校の頃は優秀なカトリック系の学校に通っていた息子。

中学校を選択する際に、優秀なカトリック校に入学するか、近所の元底辺中学校に入学するか悩んだあげく、母親と息子は自由な校風が売りの元底辺中学校に入学することに決めた。

いざ入学してみるとそこには、人種差別の激しい移民の息子、アフリカからきたばかりの少女、貧困地域で過ごす少年、ジェンダー問題に悩む男の子など様々な生徒がいた。

世界の縮図のような中学校で様々な問題にぶつかる息子。

彼は母や父、時には友人に相談することで様々な悩みを解決していく。

息子の毎日を描いたリアルストーリー。



感想と考察


日本とイギリスを比べて


イギリスで生活する母親と息子の暮らしを読んでいく中で、日本に住んでいる人はイギリスに住んでいる人と比べて多様な考え方ができない人が多いんだなということを実感しました。

この原因は日本人がイギリスと比べて他民族をあまり受け入れない文化である影響が強いと思いました。

日本では日本人以外の人間を見るだけで珍しいなとなるのですが、イギリスでは多種多様な人が住んでいるためアジアの人間を見たとしても物珍しそうに見られることはありません。

また、ジェンダー問題に関してもそれに関する専門的な授業があるなど日本と比べて進んでいるなと感じました。

日本でもジェンダー問題についての改善を進めつつはあるのですが、それでも異分子を排除したいという国全体での意識が強い気がしていてなかなか根付いていない気がします。

一方、イギリスでは授業の中でジェンダー問題についてそれについて真剣に子どもたちが悩む様子が描かれていました。

イギリスという国全体で多様化に対する問題を深く考えているため、その影響が子どもたちにもでていることが大きいことが分かります。

日本でもこれからの時代に対応していくためには、私自身も含めて多様な考え方ができるようにならなければならないということを感じました。



イギリスに対するイメージの変化


この本を読む前は、イギリスに対して紳士的な人が多い街がきれいなどのイメージを持っていました。

しかし、本書を読んで現実は違うんだということを実感しました。

恐らく同じイギリス系どうしではみんながみんな紳士的なのかもしれませんが、多民族に対しては全ての人がそうというわけではないのですが差別がおきているんだということを本書を読んでしりました。

また、街並みもどこも美しいというイメージがあったのですが、貧困街も未だに存在していて現実とイメージのギャップを感じさせられました。

また、子どもに違法ドラッグを使わせようとするなど社会の闇の部分も存在するんだと分かりました。

ただ、本書を読んでイギリスの良いところもたくさん知ることができました。

演劇の授業があったりして人々の感受性を国全体で育てようとしていたりします。これって本当に良いことだなと思いました。

イギリスの人がフレンドリーだと思われる要因などは、学校でコミュニケーション能力を育てることに力を入れているからなんでしょうね。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を読んでイギリスに行ってみたいという気持ちが強まりました。





日本語しか話せないのが情けない


10章の『母ちゃんの国にて』を読んで日本語しか話せない日本人が情けないと感じました。

日本人には日本語以外の言語を話す習慣がないため、言語に対して完璧性を求めがちです。

そのため、物語の中のレンタルビデオ店の場面で少しカタコトな日本語を聞いたり、日本語を話せないだけで怪しいという烙印を押される場面がありました。

この物語では日本人が日本人に怪しまれるというおかしな物語として描かれていましたが、外国の言葉を流暢に話すことができる人なんてほとんどいないと思います。

店員が片言の言葉が怪しいと思ったのは、日本に住む日本人以外の割合が少ない影響なんでしょうね…。


また、日本料理店で中年男性に絡まれた場面で、日本語を話せない息子を中年男性が馬鹿にしていました。

これを読んでいて日本語を話せない子どもと対話ができない、英語が話せない日本人は恥ずかしいなと思いました。

英語って世界で最も使われている言語なんだから、外国に住む人々とコミュニケーションをとるために必須の技術なのにいい大人がそれすらできないなんて駄目だなと感じました。

私自身も英語を話すことができず、中年男性と変わらないため英語を勉強しなければと本書を読んで改めて思いました。

これからの国際化に対応するために、完璧な言葉を話そうとするのではなく片言でも外国語を話せることが大切だということを理解した教育がこれからの日本に求められると感じました。



まとめ


本書は幼い息子の視点から多様性に欠ける私たちに様々なことを教えてくれる素晴らしい作品でした。

また、イギリスの教育文化なども知ることができ面白かったです。

これからの時代に負けないように多様性に対応できる人間になりたい。






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原田マハさんの『ギフト』を読みました。

本作は仕事や恋愛などで悩んでいる主人公たちが、人にギフトを送ったり、人からギフトをもらうことで幸せを見つける短編が20個収録されています。

全ての作品が5分ほどで読むことができるので、少し悩みがあるときなどに一つ物語を読むとすっきりした気分になることができます。

以下、感想になります。



感想


ギフトを贈る意味


子どものことは誕生日やクリスマスなどイベントごとに父や母からギフトをもらったり、逆に自分から友人や家族にギフトを送ることが多々ありました。

しかし、大人になるにつれてもらえるギフトの数も徐々に減っていき、自分からもわざわざ人に贈り物をするということが少なくなったような気がします。

本作はそんな大人になってギフトを送ることが少なくなった人にぜひ読んでもらいたいと感じる作品でした。

プレゼントってどんな些細なものだったとしても、自分があげる相手のことを思って選んだものだった場合必ず喜んでくれること間違いないに違いません。

もしかしたら些細なギフトをあげることで人が持つ大きな悩みを解決するヒントになる可能性があります。

本作を読んだことで何かを人に贈るということは、送られる物以上に贈られた人を幸せにすることができる可能性があるということを学ぶことができました。





同じギフトでも人によって得るものは違う


私がこの短編集の中で好きな作品は『コスモス畑を横切って』、『茜空のリング』、『小さな花畑』の三篇です。

これらの物語は全て結婚式の招待状を受け取った場面から物語が始まる連作となっています(もちろん一篇ずつ独立しているのでそれぞれよんでもおもしろいが)。

『コスモス畑を横切って』の主人公は同じ人物を好きになってしまったことがきっかけに疎遠になってしまった大学時代の親友から結婚式の招待状を受け取りました。

もう交わることのないと思っていた親友から招待状という幸せなギフトをもらったことで、再び大学時代に通っていたコスモス畑で二人は友情を取り戻すことができます。

招待状という贈り物が主人公に親友を与えることになりました。


『茜空のリング』では、いつまでも彼氏からプロポーズされないことで悩んでいる女性が主人公です。

友人が結婚することで自分の彼氏も結婚を意識してくれると思っていましたが、彼に特に変化はありませんでした。

しかし、結婚式の当日少し早めに彼と会場に行こうとした主人公は、彼から夕陽に照ららされる観覧車という世界最大の結婚指輪をもらうことになります。

招待状という贈り物が主人公に結婚というギフトを贈り込んでくれました。


『小さな花畑』は、初めて結婚式に参加する新婦の女性友人四人のうちの一人が主人公です。

彼女たちは自分より早く結婚する新婦におめでというという言葉を素直に言えず嫉妬を覚えていました。

しかし、実際に結婚式で新婦に出会うとおめでとうという言葉が言えないぐらい主人公たちは感動していました。

そして彼女らは花束のような色合いのドレス姿の自分たちの幸せな写真を新婦に送りました。

招待状という贈り物が主人公たちに人から幸せをもらったら幸せを返そうということを教えてくれました。


これらの連作を読んで同じギフトをもらったとしても人によってとらえ方は違うが、どの人間も幸せになるということを学びました。

この記事を書きながら各物語を読み直していたのですが、5ページにも満たない作品で泣いてしまい原田マハさんという作家のすごさを再認識しました。



まとめ


ギフトは大人になってから人に贈り物をすることの重要性を再認識させられる作品でした。

私も長いこと大切な友人などに贈り物をしていませんでしたが、この本をきっかけに今年の誕生日は彼らを幸せにできるものを贈ってみようと思います。






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村田沙耶香さんの『生命式』を読みました。

本作は短編集となっているのですがどの作品も村田沙耶香さんらしい作品の良さがあり村田沙耶香ファンならぜひ読んでもらいたいという作品でした。

以下、あらすじと感想になります。



『生命式』のあらすじ


現在、少子化が大きな問題となっている。

この問題を解決するために私が住む国でいつの間にか誰かが亡くなったときに、その亡くなった人を食べ、その後会場で出会った人と性行為を及び子どもを作るという生命式が行われるようになった。

私は、正直子どものころの生命式がなかったときにたわいもない会話で人を食べるといったことが原因で周りから冷たい目で見られた経験もあり、正直いまだに亡くなった人を食べるのに少し抵抗がある。

ある日、喫煙仲間で私と同じように人を食べるのが苦手だった山本が事故で亡くなった。

彼も他の人とどうよう生命式が行われることとなった。

生命式では一般的に人の肉の臭みを消すために味噌鍋にして食べることが多いが、山本の遺書には自分のどこの部位をどのようにして食べてほしいかと細かく書かれていた。

山本を調理する手伝いをしたこともあり、久しぶりに人の肉を食べてみると山本は美味しかった。

生命式と村田沙耶香が厳選した短編12編が収録された作品。



感想(ネタバレあり)


生命式


一作目から村田沙耶香ワールド全開の作品で衝撃的でした。

カニバリズムが行われている世界感というだけでも衝撃的なのに、生命式という儀式で子どもを増やすための手段として使われていることに衝撃をうけました。

地球星人でもカニバリズムが描かれていましたが、村田沙耶香さんはカニバリズムが好きなのかな??

現実の世界では人肉を食べるのは禁忌とされています(もしかしたら食べている部族とかあるかもしれないが)。

この物語の世界ではいつしか生命式を行うことが当たり前となっているため、人の価値観というものは周りの人間の行動によってすぐに変化してしまうのだなということを感じさせられる作品でした。

ゴキブリなどは仲間の死体を食べるというので生物的にはありの行為かもしれませんが、正直私としては受け入れがたい世界感でした。

でも少子化が進んでいる世の中では生命式はないにしろいつしか子どもを育てるための工場みたいなのはできる可能性があるかもと感じました。


素敵な素材


人の素材を使った服や家具が美しいという価値観がある世界を描いた作品です。

生命式と近い世界感の作品でした。

本作では、生きている人間の素材を材料とすることはなく、死んだ人間を素材として使われていたため、現実世界の皮の財布などを作る素材を人間にしただけだと言われたらそれまでなのですがやはり抵抗を感じる作品でした。

この作品を読んでいると、他の動物は財布などの素材として使えるのにどうして人間を素材として使ったら駄目なのだろうかという疑問が生じます。

しかし、現実世界では倫理的に考えて人を素材にするっていうのはNGですよね。

ただ、ナオキのように死んだ自分の父などを素材として作られた美しいものをみたらこういう文化もありかもしれないと思う可能性も否めないと感じたため、人間の倫理観ってなんなんだろうと悩まされる作品となっていました。





素晴らしい食卓


この作品は本作で収録されている作品の中で個人的に一番好みの作品でした。

文化によって違う、食事に対する価値観というものを狭い世界で上手に描いた作品となっています。

私自身も日本のどちらかというと都会と呼ばれる場所に長年住んでいたこともあり、イナゴは食べられるよという話を聞いたことがあるものの食べるのに抵抗があります。

同じように中国では犬を食べる文化があるらしいですが、愛玩動物として犬を可愛がっている日本ではありえない文化ですよね。

人それぞれ文化により食事の価値観は違いますが、文化の違う人を否定もせず受け入れもせず自分独自の文化を楽しんでくれというのがこの物語の結論でした。

ただ、物語の最後で夫が全ての食べ物を受け入れていましたが、もしどんな文化でも許容する人が現実世界にもいたらそれはそれで恐怖を感じるのかもしれません…。


夏の夜の口付け


3ページほどの作品にも関わらず、価値観が違うけど似ている人を上手に描いた作品でした。

こういう性格が違うけどなんか似ているという友情は読んでいていいものだなと感じますね。


二人家族


先ほどの夏の夜の口どけと同じ登場人物を描いた作品です。

家族の在り方って人それぞれでこういう友人同士が家族のように一緒に過ごすって素敵だなと思う作品でした。

こういう親の子どもって他人からみたらかわいそうとか思うのかもしれませんが、昔の時代を考えるとみんなで一致団結して子どもを育てるというのは全然ありだと思います。

それに父親はいないけどその代わりに母親が二人いるなんで子どもからしてみたら自慢できることで素敵だなと思いました。

また、自分が死ぬ直前になっても家族のように仲の良い友人と最後まで一緒にいることができるというのは本当に羨ましいことだと思いました。





大きな星の時間


眠れなくなった国の人を描いている作品でした。

私もときには眠ることは時間の無駄だから、睡眠時間を削る方法がないかなとか思うこともありますが、正直彼らのように眠ることができなかったら苦しいのだろうなと思いました。

おそらく私は一生眠ることのない生活ができるようにしてあげようかと魔法使いに言われたとしても断るに違いありません。

人にとって睡眠というのは体を休めるためだけではなく、心を落ち着かせるために必要だと感じさせられました。


ポチ


わずか10ページの作品で社会の恐ろしさを描いている作品で、読んでいて寒気が走りました。

会社で飼いならされている私たちは、ポチのようにペットのように自由なく生きているのかもしれないと考えると恐ろしく感じます。

会社に飼いならされることがないように自分の意志で行動できる人間にならなければと思わされました。

あとこの物語に登場するユキは不気味な存在ですね。普通の少女がおっさんをペットとして飼うのか…。

真面目そうに見える裏側に恐怖を感じました。


魔法のからだ


少女から女性へと変化する主人公の様子を描いた作品でした。

この作品は男性である私が読んでいた場合、共感できないところも多々あり少し個人的には残念だと感じる作品でした。

ただ、女性が読んだら主人公の気持ちに共感できて面白い作品なのかもしれませんね。


かぜのこいびと


カーテンを主人公とした独創的な作品でした。

まさか、物質を主人公にするとは!!

風太がユキオのことを好きになるシーンなどの結構読んでいて斬新で面白かったです。


パズル


良い感じの作品が続いた中で、村田沙耶香ワールドに再び引き戻されました。

人間の暖かみを自分の内臓と描いたりなかなか気持ちの悪い作品です。

物語の最後は早苗が全ての人間を内蔵として受け入れるさまなどマリアのような慈愛も感じましたがそれ以上に恐怖心が勝ってしまいました…。



街を食べる



田舎の祖母の家での生活を思い出し、街に生える食べられる野草に魅了された女性の物語です。

人の先入観って簡単に変わるんだなと思わされる作品でした。

主人公も最初は都会の汚い空気で育った野草に抵抗感を感じていましたが、街を食べてるんだと思うことで抵抗感がなくなっていきました。

物語の最後では同僚に田舎で採れた野草だといって自身が集めた野草を食べてもらうシーンがありますが、同僚は主人公の言葉を信じて田舎で採れたものだと思い美味しそうに食べます。

現実世界でも良く分からない料理があったとしても、有名シェフが作った料理だと聞けば美味しそうに食べること間違いないので、人間の先入観ってすごいんだなと感じました。


孵化


場の空気にあわせて自分の性格を変化させる女性の物語でした。

自分の周りに主人公のような女性がいて彼女のように人によって対応を変化させていたら猫を被りやがってとか思うかもしれませんが、実際に彼女ほどまではいかないかもしれませんが多くの人は場の状況に合わせて自分の性格を変化させているのでしょうね。

私も、友人の前の自分、家族の前の自分、会社での自分など場の状況にあわせて自分を変化させています。

人と上手に付き合うためには周りの空気を読むということが大切なときもあるでしょうね。

この物語を読んでいると本当の自分ってなんなんだろうと考えさせられます。

どの自分も本当の自分なのかもしれないですが、本作をしめる短編として素晴らしい作品でした。



まとめ


各短編の感想を書きましたがどの作品も村田沙耶香さんらしい独特な雰囲気がありおもしろかったです。

もしかしたらこの物語を読んだ人の中には自分の人生の一作を見つけることができる可能性があると思うほど濃い作品でした。







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三浦しをんさんの『ののはな通信』が文庫化されていたのでさっそく読んでみました。

第一章を読み終わった時点では正直自分好みではないかも…とか思っていたのですが、最後まで読んでみると人とのつながりということについて深く考えさせられる作品で感動することができ非常に良い作品でした。

以下、あらすじと感想になります。


『ののはな通信』のあらすじ


ミッション系のお嬢様学校に通う女子高生の”のの”と”はな”。

”のの”は少し貧乏な家庭で生まれた。

親から将来稼げるようになれと言われて育った影響もあり頭脳明晰でクールな女性だ。

一方、"はな"は外交官の娘として生まれた。

若いころは海外で生活しており、その影響もあり自由気ままで天真爛漫な性格だ。

全くかみ合わないように見える二人だが、二人は気の合う親友同士だ。

親友として仲良くしていた二人だがある日、"のの"は"はな"に対しての自分の気持ちを恋愛感情だと告白する。

最初は戸惑う"はな"であったが”のの”からの気持ちを受け入れて二人は付き合うこととなった。

二人はお互いを一生に一度の運命の相手だと想い恋愛にのめり込んでいった。

しかし、彼女たちの恋は”のの”のある裏切りによって崩れることとなった…。


二人が手紙のやりとりを辞めて、二十年ほどの月日が流れた。

"のの"はたまたま出会った高校の同級生から"はな"のメールアドレスを聞き出し、久しぶりに連絡をとってみた、すると"はな"から現在アフリカのゾンダ共和国という国に住んでいるという返信がきた。

それからしばらくメールで連絡を取り合う二人であったが、運命のいたずらかある日”はな”と連絡がとれなくなった…。

手紙とメールのやりとりだけで描かれた、”のの”と”はな”の秘密の通信記録で紡がれた物語。



感想(ネタバレあり)


手紙とメールのやりとりだけで紡がれた作品


『ののはな通信』は物語としてもすごく感動するのだが、何よりもすごいのは物語全てが手紙とメールのやりとりだけで描かれている作品だということだ。

普通の作家なら手紙のやりとりを小説にしようなどと思わないが、そういう変わったことができるのが三浦しをんさんのすごいところだ。

第一章と第二章では手紙でやりとりをしていたが、30代や40代の人にとっては読んでいてかなり懐かしいという気持ちになるのではないだろうか。

私は、20代で中学生になるころには携帯電話を持っていたということもあり手紙のやりとりといえば年賀状や暑中見舞いを書く程度のレベルだったが、若い人でも女性だと授業中に手紙をこっそりまわしていたなどの経験がある人が多いと思うので読んでいて懐かしい気分になれること間違いないだろう。

第三章からは20年ほど月日が流れたこともあり、二人のやりとりの方法は手紙からメールへと変化する。

作中でも書かれているのだが、連絡手段がメールへと変化したことにより二人の一回のやりとりは手紙で行っていたころよりも長くなっている。

手紙とメールのやりとりを見ているとメールは長文を簡単に送ることができて便利だけど、限られた空間でやりとりをする手紙はそれはそれでいいものだと感じた。





ののとはなの関係


第一章を読んでいる時点ではののとはながイチャイチャしている様を見せつけられているだけで正直この作品を最後まで読めるのかなという不安感があった。

第一章の終わりの時点でもののが与田と寝たことがはなにばれてしまい二人の関係が一度終わってしまったためこれからどんな感じで物語が描かれれるのだろうかと少し気にはなったもののまだいまいちこの小説にはまれていない感じがありました。


しかし、第二章を読み始めてこの作品は面白くないかもという概念が吹き飛ばされることになります。この小説は第一章はまだ単なる導入部分だったのです。

第二章のはなはののとの恋愛を引きずっておらず男性と恋愛をしてみようと恋に前のめりでした。

一方ののははなとの恋愛を引きずっていて、はなが男性とイチャイチャしているということを聞くとクールに手紙を返しているが、死っとしているのがまるわかりです。

第一章と比べるとののとはなの立場が逆転したなという印象を与えられました。


第三章では20年ぶりに二人が連絡をとりあい、最初は第一章の初めのころのように二人の友情が戻ったかのように物語が進められていますが、やりとりが進むにつれてお互いがお互いを運命の相手だと思い続けていることが分かります。

第三章のはなは昔と同じように一見おっとりしたような性格にも見えるのですが、長い外交官の妻としての暮らしの中でとてもたくましくなっていることが分かります。

また、旦那に内緒で他の女性と寝たりなど以前のはなの様子からは考えられない大人びたダークな一面なども披露します。秘密を持つ大人の女性として描かれていることもあり読んでいて少しドキドキしました(笑)。

一方ののは大学生のころにともに過ごしていた悦子さんが亡くなった影響で昔のクールさは残っているものの恋愛への情熱はなくなりかなり落ち着いた様子です。

のののメールの中に出てくる為五郎を自分と住んでいる男のようにはなに伝えたりして、ユーモアのセンスは高校生のころから変わっていないなという印象も受けました。

この章は、二人が互いに再び会いたいという想いを描いているものの、はなの過ごしているゾンダの内戦が激しくなったことの影響とはなの生きたかの決心がつき最終的に二人は連絡がとれなくなります。

そのことで悲しんでいたののですが、第四章のののの様子から二人が連絡がとれなくても心の中でお互いを運命の相手だと思いつながっていることが伝わります。


『ののはな通信』から得た教訓


ののはな通信から私が得た教訓は、自分が大切だと感じている相手には出会えるときはまめに会って、連絡をとれるときには豆に連絡をとろうということです。

日常生活の中でいつでも連絡をとれるからとかいつでも会えるからといった風に人とのつながりを後回しにしているといつしか後悔がおとずれるかもしれません。

もしかしたらいつでも会えると思っていた相手が事故や自然災害で突然に会えなくなる日がくるかもしれません。

自分の趣味なども大切かもしれませんが本当に大切だと思っている相手とはいつ会えなくなっても後悔がないような行動をとろうと本書を通して学びました。



まとめ


『ののはな通信』は三浦しをんさんだからこそ描ける大切な人とのつながりを再認識することができる感動的な作品でした。

最近、誰とも連絡をとっていないという人がいましたらぜひ本作を読んで自分の大切な人と連絡をとってみたらどうでしょうか。







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南杏子さんの『サイレント・ブレス 看取りのカルテ』を読みました。

本作は終末期医療をテーマとしている作品で、医者ではない多くの人も向き合う可能性があるテーマであるため他の医療作品と比べて読んでいて色々と考えさせられる作品でした。

また、著者の南杏子さんは現役の内科医ということで作品にリアリティがあるのもいい点でした。

医者として働きながら小説までだしてしまうなんで南杏子さんはすごい才能の持ち主ですね…。

以下、あらすじと感想になります。


『サイレントブレス 看取りのカルテ』のあらすじ


大学病院の総合診療科に勤務する水戸倫子。

彼女は患者を思い丁寧な診察をするため、一回の診察に他の医師よりも長い時間がかかり同僚や看護師からは要領が悪いと思われている。

ある日、上司の大河内教授から訪問クリニックへの事実上の左遷を一方的に言い渡さる。

病院ではなく訪問クリニックに左遷されたことにショックを受けた倫子だったが、患者はそんな彼女を待ってはくれない。

訪問診察を開始してみて彼女は癌末期でありながら抗がん剤の治療を拒否する女性患者と出会う。

そんな彼女と向き合っていると、倫子はこれまで大学病院で病気を治療することが正義だと信じていたが、患者にとってそれが一番の幸せではない可能性があることに気が付く…。

在宅で最後を迎えたい患者とそんな患者の最後を看取っていく医者の新感覚医療小説が始まる。





感想(ネタバレあり)


医者の正義


本作は終末期医療という現代医学会での新しい問題を題材とした作品で非常に新鮮でした。

これまで読んできた医療関係の作品は医者がどんな手段を使っても患者を救うことが正義でした。

しかし、本作では患者が自分が希望する通りに人間らしい最後を迎えることができるというのが正義であり、主人公の倫子も患者の負担にならないような治療はするが、患者の希望なしで植物状態に近い状態になるような無理な治療は行いませんでした。


この作品を読んで私は本当に正しい医者とはどんな人のことを指すのだろうということを疑問に思いました。

自分がもし患者の親族なような立場でしたら、倫子の母が父に行っていたように少しでも長く生きてほしいと思うに違いありません。

一方もし自分が患者の立場なら倫子に最後を看取られてきた患者たちのように意識があるうちに人間らしく終わらせてほしいと思うでしょう。

人の立ち位置によってその医者の行動が正しいかどうかはきっと大きく変わってくるのでしょう。

私はこの作品を読んでいろいろ考えたうえで、正しい医者とは親族の意志ではなく患者の意志を最後まで尊重してくれる医者だと思いました。

周りの人間にどんな状態でも長生きしてほしいと言われたとしても、自分の最後を決めるのは患者本人です。

そのため、これからの医者には患者を救うことを第一とするのではなく、患者の声を聞くことを第一にすることが大切なのかもと思いました。

これはあくまで個人的な意見なので賛否両論はあるでしょうがこの作品を読んだ人は正しい医者とはどんな人物だと思ったのかが気になりますね。


終末期医療について


私はこの作品を読むまで恥ずかしながら終末期医療という言葉を知りませんでした。

『サイレント・ブレス  看取りのカルテ』を読んでもし自分に終末期が来たら、この作品にでてきた多くの人物たちのように残された人生を充実して人間と死なせてほしいと思いました。

こう思ったのはもちろん自分の幸せのためもありますが、残された家族のことなども考えてそうしてほしいと思いました。

終末期医療についていろいろと調べてみると延命治療をした場合、生きれば生きるほど当たり前のことですが多くの費用がかかるということが分かりました。

そのため、身動きできないような自分を延命させるのにお金を使うぐらいなら家族の幸せのためにお金を使ってほしいと思いました。

また、本作の患者のほとんどは自宅で最期を迎えていますが、現在の日本で最期を自宅で迎える人って欧米とかと比べるとかなり少ないらしいですね。

この作品の影響もあるのでしょうが私も最後は自宅で最期を送りたいですね…。

終末期医療については医療倫理など複雑な問題をまだまだ抱えています。

本作を読んで私のように終末期医療という言葉を知る人が少しでも増えてほしいです。



まとめ


『サイレント・ブレス  看取りのカルテ』は終末期医療をテーマにした新しい医療小説でした。

終末期医療は多くの人に関係があるテーマですので未読の方はぜひ読んでみてください。






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